はじめに — 僕は、職場には言わなかった
不妊治療をしていた5年間、職場の同僚や上司には一切話さなかった。
「男性の不妊治療」と聞いて、すぐにピンとくる人はまだ少ないと思う。精索静脈瘤の手術、精液検査、採精、体外受精のサポート——そういった通院や手術が、仕事のスケジュールに影響することは何度もあった。それでも、僕は「言わない」を選び続けた。
この記事では、なぜ言わなかったのか。その理由を正直に振り返りながら、「言える環境なら言ってもいいのでは」と今では思う理由も、あわせて書いていきたい。
僕が職場に言わなかった4つの理由
① 正直、恥ずかしかった
これが一番大きかった。
不妊治療は、夫婦の性生活や体の問題に直結する。採精のために病院に行く、精液検査の結果が悪かった——そういった話を職場の人間に打ち明けるのは、少なくとも僕にはできなかった。「恥ずかしい」という感情は、理屈ではなく本能に近いものだったと思う。
今振り返ると、恥ずかしさの裏には、不妊治療に対する社会的な偏見や無知が潜んでいたのかもしれない。でも当時の僕には、そこまで考える余裕はなかった。
② 仕事と直接関係がない
不妊治療は、あくまで私生活の話だ。
仕事のパフォーマンスに影響が出ているわけでもない。通院のたびに有休を使えば済むし、プライベートな医療の内容をわざわざ職場に話す義務はない。「病院に行く」の一言で十分だと思っていた。
③ 職場に「甘えている」気がした
これは少し複雑な感情だった。
「不妊治療中なので配慮してほしい」と言うことで、職場の人に負担をかけてしまう気がした。同情されるのも、特別扱いされるのも、どちらも嫌だった。自分の問題は自分でなんとかしたい——そんなプライドが邪魔をしていた。
④ 結果が出なかった時のことを考えた
体外受精は、必ず成功するわけではない。
「治療している」と伝えておいて、もし妊娠できなかったら——その結果を報告しなければならない場面を想像すると、より惨めで辛い思いをするのが目に見えていた。希望と現実のギャップを、職場の人間と共有したくなかった。
それでも、「言える環境なら言ってもいい」と今は思う
言わなかった僕が、なぜそう思うのか。治療を終えた今、少し冷静に考えられるようになったからだ。
妻の通院サポートのために、休みを取りやすくなる
不妊治療では、妻の採卵日や移植日など、夫がそばにいてほしい場面がある。日程の変更も多く、「今日急に休みます」が言いにくい職場では、夫婦で治療を進めること自体が難しくなる。上司や同僚の理解があるだけで、動きやすさはずいぶん変わる。
不妊治療をしている人は、思っているより多い
日本では5〜6組に1組のカップルが不妊を経験していると言われている。職場の中にも、同じ悩みを抱えている人は必ずいる。でも誰も言わないから、みんなが一人で抱えている。
誰かひとりがオープンにすることで、「自分だけじゃなかった」と救われる人が出てくる。
話題がメジャーになることが、社会を変える
不妊治療がもっとオープンに語られる社会になれば、クリニックへの第一歩を踏み出しやすくなる。「言える職場」が増えれば、治療と仕事を両立しやすい制度や文化も広がっていく。個人のちいさな選択が、社会の空気を少しずつ変えていくのだと思う。
言う・言わないを決める3つのチェックポイント
どちらが正解というわけではない。自分の職場環境に照らして考えてみてほしい。
- 上司や同僚との信頼関係がある → 理解を得られる可能性が高い
- 急な休みや外出が必要な場面が多そう → 言っておくと動きやすくなる
- 結果を共有することへの心理的抵抗が少ない → オープンにするメリットが大きい
反対に、プライベートに踏み込んでくる雰囲気がある・噂が広まりやすい・評価に影響しそう、という職場であれば、言わない選択も十分合理的だ。
まとめ
僕は言わなかった。それが正解だったかどうかは、今でもわからない。
ただ、もし「辛さを分かってくれる人がいる職場」だったなら、少しだけ話していたかもしれない。一人で抱えるより、誰かと共有できたほうが、治療は続けやすい。
「言う・言わない」よりも大切なのは、自分が無理をしない選択をすること。それだけは、はっきり言えると思う。

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